Dogwoodの池上日記

地元大田区池上・蒲田と軽井沢・信濃追分を愛するDogwoodの日々徒然日記。

小川銀次さんの一周忌に捧ぐ。

Dogwoodが高校生の時から、ずっとファンだったギタリストの話です。今日の一周忌にあたり書かせて頂きます。ご存知ない方、興味ない方は、どうぞスルーでお願いします。

 

今からもう30年以上も前、NHK FMの「サウンドストリート」という番組で、当時人気が再燃し始めていた、RCサクセションのスタジオライブを偶然聴いて、当時高校生だったDogwood少年は、ぶっ飛んでしまいました。忌野清志郎の声と歌詞は、それまで聴いてた歌謡曲と全く違うものだったし、演奏もゴリゴリのハードロック。兄の影響で、ギターを弾いていたこともあって、ギターの小川銀次さんのワイルドかつメロディアスな演奏が強烈に印象に残りました。それから小遣いを貯めては、渋谷センター街のライブハウス屋根裏や、上田正樹の前座で出た杉野講堂に、たて続けに観に行きました。白いキャップに、デニムのオーバーオール、大音量で弾きまくる姿が、1人浮いた感じで衝撃的でしたが、間違いなく当時のRCの核となっていました。RCのコピーバンドを組んで高校の学園祭で演奏したのも、この頃でした。勿論自分は、銀次さんのパートで。千歳船橋のスタジオ「ピッコロ」で、良く練習しました。当時、渋谷でアルバイトをしていたのですが、ある日ハチ公前で、偶然銀次さんを見かけ、「次のRCのライブ観に行きますよ!」と、声をかけたことがありました。すると、屈託のない笑顔で「もうRC辞めました〜」って、アッサリ返されて、唖然としたのを覚えています。銀次さんの抜けた後のRCを、武道館や日比谷野音で観ましたが、ホーンセクションへの違和感と、寂しい気持ちが混ざって複雑な思いでした。彼のRC在籍期間は僅か2年。短かったけど、この時のRCが、自分は一番好きでした。その後は、自然に銀次さん自身のバンド、「クロスウィンド」へと移って行きました。渋谷屋根裏ヤマハDoing、大岡山の東工大の学園祭にも足を運びました。良くメンバーが変わるバンドで、最後に吉祥寺で観た小川銀次バンドでは、ELTのツアードラマーの人が叩いてました。銀次さんのMCも、ひょうひょうとした毒吐きと、適度な皮肉と自虐満載で笑わせてくれました。昔のライブで、久しぶりに清志郎に会った時、「あっ小川君、まだ生きてたの?」と言われたとか、「ガンと言われて早10年、まだ生きてます」とか言ってたけど、自分は10年後も20年後もライブで会ってましたね。そんな昔のライブの録音テープが今も何本か残っています。「10枚の手紙」は大好きな曲で、バンドで演奏したこともあります。「銀世界」、「森は不思議なおもちゃ箱」「みのむし」「流氷」なんかも好きだったなぁ。知らない方のために言っておきますが、彼の音楽は、ボーカルがいない、インストロメンタル。それでいて、この日本語の曲のタイトル。当時流行っていたフュージョンとはひと味違う、「絵や風景が浮かぶ音楽」を目指していたのがよく分かります。銀次さんのホームページに、「VOICES」という日記があって、よくチェックしていました。独特の文章で、日々の生活、好きな日本酒や、自分で作る料理、音楽の話題が毎日更新されて楽しませてくれました。自宅で開いていたギター教室に、一度は参加してみたかったな〜。昨年春頃から、体調が悪くなっていく様子が書かれていたので、良くなったら、またライブに行こうと思っていました。ホームページの更新が、昨年6月ごろから止まっていて、心配していた矢先、2015年8月2日、小川銀次さんは、58歳の若さで永眠されたことを、少し後になって知りました。

メジャーで売れたギタリストでは無く、「知る人ぞ知る」タイプのミュージシャンでした。この歳までブレにブレながら、サラリーマンをやってきた自分から見たら、銀次さんのように、生涯プロのギタリストで通したのは、本当にスゴイことだと思うし、尊敬に値します。清志郎が亡くなった時に、「あの世でもまたバンド誘って下さい」と、らしくないコメントを出してましたが、本音だったのかな。どうか向こうでも楽しくセッションしてください。亡くなって1年、改めて追悼と尊敬の念を込めて合掌。

 

2016年8月現在、小川銀次さんのホームページは、新しい管理人の元、更新されています。新しいCDも販売されています。

http://ginjiogawa.co.uk/frame.htm

 若き日の小川銀次さん

www.youtube.com

 知らない方のために。

小川銀次 - Wikipedia