Dogwoodの池上日記

地元大田区池上・蒲田と軽井沢・信濃追分を愛するDogwoodの日々徒然日記。

池上昔写真展から 1 「明保乃(あけぼの)楼」のこと

生まれは岡山、育ちは東京、池上に移り住んで今年で20年目のDogwoodです。

8月27日に行われた、第15回 池上祭については、当Blogにも書いてましたが、池上会館「白樺の間」で開かれた「池上昔写真」というパネル展示が、実は池上祭で必ず見に行くイベントの一つです。個人的には、これぞ池上祭のメインイベントの一つ!と言ってもいい位なのですが、メイン会場から一番離れた、隅っこの部屋でひっそりと開かれているというのが、少々残念な気がします。

池上が昔、村だった頃を知らないDogwoodにとって、昔写真の展示というのは、「ああ、あそこかぁ!」と、今と昔を比べて想像出来る、とても興味深いイベントなのです。ここで配布される資料も必ず頂いて、じっくり想像力を膨らませながら読み返します。今年も「池上の昔を巡る」と、「池上の昔の様子 昭和10年代の思い出」という、池上の長老の方々の回想文をありがたく頂いて参りました。

このような貴重な資料を拝見させて頂く度に、古き良き時代の池上村の風景が浮かんできます。昭和の始め頃、大森から池上行きのバス料金5銭、大森駅に客待ちの人力車があったとか、徳持の競馬場跡地の沼では朝鮮鮒、呑川ではシジミが取れたとか、水泳場があったことなど、現在の池上からは想像もつかない程、自然が豊富だったことが想像できます。池上通りは「改正道路」と呼ばれ、めぐみ幼稚園は、園児たちをロバが引く馬車で送迎を行っていたので、「ロバ幼稚園」と呼ばれていたとか。そのめぐみ幼稚園は、その昔(1886-1929)、「明保乃(あけぼの)楼」という大きな料亭だったそうです。

昭和55(1980)年まで、その特徴ある門柱だけが残っていたことも知りませんでした。写真を見ると確かに後ろには、めぐみ教会の十字架が見えてます。(この十字架のあったチャペルも、今から数年前に無くなりました)

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 上の写真よりもさらに昔、大正6年に撮られた写真は、現在の妙雲寺の駐車場の入り口付近かと(「撮された戦前の本門寺」より)。f:id:Ikegamiblog_tokyo:20170828230922j:plain

 

上の写真の現在の様子

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入り口の左側に、門柱跡だったことを示す看板が、ひっそりと立ってましたf:id:Ikegamiblog_tokyo:20170902141905j:plain

 曙楼は、相当大きな料亭だったようです。現在のめぐみ幼稚園、めぐみ教会のところでしょうか。

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 めぐみ教会については、以前このブログで書いてました。

ここからすぐ近くに、素敵なCaféもあります。

昨年も配布資料を頂いてきたことを書いてました。

池上の昔を巡る! 池上祭の配布資料より - Dogwoodの池上日記

 

2012年のアドベント(点灯式)の動画。今は無きチャペルが映っていました。

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